2012年10月31日水曜日

最近は自分がいかに浪漫的なのかを実感するとともに、合理的にすべてを解決しようとする胸中の矛盾に押しつぶされそうなのだよ。

高みを追及しようとするが途中でそれの意味を問い、意味を見いだせなくて自分の中では「無意味」だと結論を出し、再度中途半端な場所に定着して、いつまでも中途半端、普通の人よりはちょっとだけできる、そういう微妙な座に止まる。中途半端で曖昧なのは責任を逃れるし、融通聞くし、いろんな場面で安全地帯。

でも私がおそらく探し求めている「居場所」も「自分」もないよね。

理系でも文系でもないし、日本語も英語もできないし、ロックもヒップホップもライブラリーミュージックもディスコも全部好きだし、ヲタクだけどヲタクじゃないし、リア充したいけどリア充爆発してほしいし、都会好きだけど田舎帰りたいし、なんで私はこんなにも矛盾しまくっているのに体が一つだけなんだし。

今与えられているもので満足して、引かれた線路に沿って進んでいる人は洗脳されているんじゃなくて本当に頭がいいのかもしれない。線路ぶっ壊して頑固に自分で開拓しようとして自ら周りから離れていく私はどうせバカさ。いい加減あんぐりーてぃーんねーじりべりおんも終末を迎えなきゃならない時期なのに。ライ麦畑も結局なかったじゃないか。プラスもオーブンに頭突っ込んだじゃないか。

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